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高松高等裁判所 昭和42年(う)372号 判決 1969年3月28日

被告人 黄英信

主文

原判決中高知県屋外広告物取締条例および軽犯罪法各違反事実に関する部分を破棄する。

被告人を罰金二、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原判決中外国人登録法違反事実に関する控訴は棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴つてある高松高等検察庁検察官井下治幸提出にかかる高知区検察庁検察官検事碩巌作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、右控訴趣意に対する答弁は弁護人土田嘉平作成名義の答弁書のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  控訴趣意第一点(外国人登録法違反事件関係)について

所論は、要するに、原判決は被告人が外国人登録証明書の交付を受けている朝鮮人であるが、公訴事実のとおりの日時、場所において右証明書を携帯していなかつた事実を認めながら、右所為の実質的違法性は極めて軽微であつて、法の予定する可罰性を有しないとの理由で罪とならないものと判断したのは、右判断の基礎となる諸事情の認定を誤り、ひいては外国人登録法一八条七号の解釈適用を誤つたものであるというのである。

そこで原審で取調べた各証拠に当審における事実取調の結果を併せ検討するに、被告人の司法警察員に対する供述調書二通、被告人の原審公判廷における供述(同第五及び第八回公判調書記載)、原審証人陳与市の証言(同第四回公判調書記載)、同楠瀬孝の証言(同第二回公判調書記載)、当審における検証の結果によれば、被告人は朝鮮人で外国人登録証明書の交付を受けている者であるが、昭和四〇年九月二二日午後一一時過頃、同じく朝鮮人で在日朝鮮青年同盟員である陳与市とともに、高知市でビラを貼るため、糊を入れたバケツをさげ、徒歩でその住居である高知市中島町四八番地小山方を出発し、本町電車通りを経て県庁通りを北進し、ビラを貼るなどしながら、帯屋町通りを東進し、四国銀行帯屋町支店角を右折南進して再び本町電車通りに出て、歩道を西進し、高知市本町二七番地高知郵便局前路上まで来たところ同所で警察官楠瀬孝らから職務質問を受け、外国人登録証明書の提示を求められて、その着衣のポケツト内を探したが見当らず、前記小山方を出発する際はき変えたズボンのポケットの中に右証明書を入れたまま置き忘れたことに気付き、前記陳に依頼して被告人が引致された高知警察署まで直ちに持参させたことが認められるのであつて、被告人が右証明書を置き忘れていた前記小山方と被告人らがビラ貼りのため歩行した前記区間の内最も離れた地点とでも徒歩で五・六分程度の距離しか離れておらず、前記の様に陳が被告人から依頼を受けて証明書を高知警察署まで持参するに要した時間は一〇分内であつたことが認められる。ところで外国人登録法一三条一項本文には、「外国人は市町村の長が交付し、又は返還する登録証明書を受領し、常にこれを携帯していなければならない。」と規定し、同法一八条一項冒頭には左の各号の一に該当する者は、一年以下の懲役若くは禁こ又は三万円以下の罰金に処すると規定し、同項七号に同法一三条一項の規定に違反して登録証明書を携帯しない者を規定しているのみであつて、特に過失により携帯しない者について規定していないけれども、右不携帯罪はその性質上過失にもとづくものが多く、故意による場合は極めて稀なものであると思われるところから、同法一条所定の目的を達するため認められた本罪の特質を考慮すると同法条の解釈上過失により携帯しない者についても右不携帯罪が成立するものと解すべきである。ただ、前一八条一項七号所定の不携帯以外の所為はすべて故意犯であると解せられるし、また、その法定刑は過失犯も故意犯の場合と同様のものが規定せられていることになるのであるから、過失による不携帯罪として同法条により処罰すべき場合は故意犯よりも限定的に解釈すべきものと解する。即ち、忘却による過失犯として処罰するに値いするものは、法規遵守の精神が普段から欠けているためにか、あるいは、外国人であれば誰でも携帯していることが当然予期されるのに、これを忘れたというような場合で、その過失が極めて明らかなときに該当するものというべきである。したがつて、その過失の軽重如何にかかわらず、ささいな過失の場合まで、これを犯情の軽重に過ぎないとして処罰の対象とすべきであるとする所論には疑なきを得ない。被告人はこれまで一度も不携帯罪で処罰を受けたこともなく、本件は、被告人が常時着用していたズボンの中には、自己の登録証明書がはいつていたのであるが、たまたまズボンを着替える際、うつかり忘れたものであり、その過失は所論のように厳しく責めらるべきものとは認められない。

次に、外国人登録法一三条一項の常にこれを携帯しなければならないとの、常時携帯の趣旨は、法の規定する職員から呈示を求められたときは、直ちに呈示できるように所携していなければならないと解せられているが、同法は本邦に在留する外国人の居住関係および身分関係を明確ならしめもつてその公正な管理に資するためのものであるから、直ちに呈示できるように所携するとは、常に即座に呈示することを要するというものではなく、時と所によつては、その呈示に僅少の時間的余裕があつても、右公正な管理に支障のない場合であれば足りると解する。このように解するとしても所論のように必ずしも同法の解釈を無制限にし、かつ同法の施行に弛緩をきたすものとはいえず、かえつて、これを厳格に解するならば、在留外国人に対し、徒らに処罰のための取締と思われ、同法第一条の趣旨に反する結果をきたす惧れがないとはいえない。このことを、本件について考察すると、被告人が、外国人登録証明書を携帯しないまま通行した区域は、高知市内の前記証明書を置き忘れていた被告人の住居からさほど離れていない場所にすぎず、また、被告人が住居を出発した時間、目的、携帯品から判断しても、出発当初予定していた通行区域は、前記区域より遠く離れた範囲であつたものとも認められないし、(記録二五六丁裏)、前記のように被告人の依頼を受けた同行の陳が短時間のうちに前記証明書を持参しているのであつて、要するに、過失によることが明らかな右の程度の前記証明書不携帯の所為は、在留外国人の居住関係および身分関係を明確ならしめるという要請に対する実害としてみると、その違法性の程度は軽微なものといわなければならず、過失にもとづく本件不携帯については前述の趣旨にもとづき、前記法条の予定する可罰性がなく、不携帯罪としての構成要件を充足しないものと解すべきであるから、結局右と同一見解に立ち、被告人の本件所為を罪とならない旨判断した原判決に所論の事実誤認ないし前記法条の解釈適用を誤つた違法があるものとは認められない。本論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二点(高知県屋外広告物取締条例(以下単に本件条例という)違反および軽犯罪法違反事件関係)について

所論は、まず、被告人および陳与市が貼付したビラの枚数は原判決が認定したように合計四枚ではなく、帯屋町幹一六号電柱に三枚、同一四号電柱に三枚、同一一号電柱に少なくとも二枚の合計八枚を貼付したものであると主張するので、検討すると司法巡査細川春行作成(坪内増広立会)の写真撮影報告書、原審第二回公判調書中証人楠瀬孝の供述記載、同第四回公判調書中証人陳与市の被告人とともに、福祉会館前および高知警察署前の各電柱にビラを貼付した旨の供述記載、被告人の司法警察員に対する供述調書二通によれば、被告人は昭和四〇年九月二二日午後一一時過頃陳与市と共同して「朝鮮の平和的統一をはばむ韓日条約に反対しましよう!」など韓日条約反対の趣旨を記載したビラを高知県職業安定所前にある前記帯屋町幹一六号電柱に一枚、高知警察署前にある同町幹一四号電柱に三枚合計四枚を貼付した事実が認められる。なお、所論は、右認定以外に前記一六号電柱および高知電気通信部前にある前記一一号電柱に被告人らが前記のビラを貼付した事実があるとして、原審証人川久保修吉および同楠瀬孝の供述記載等を挙示するが、これら証拠を詳細に検討しても被告人らが前記のビラを貼付した事実自体を認定するに足るものは認められない。なお、被告人の原審および当審における供述中には、被告人らが貼付したビラは在日朝鮮青年同盟高知県本部名義の南朝鮮青年をベトナムへ派兵することに反対する旨のビラであり、これを前記一六号および一四号電柱に合計三枚貼付したのに過ぎず被告人が釈放された昭和四〇年九月二三日早朝に右貼付したビラすべてを剥がし、破り捨てた旨の供述部分があり、原審証人陳与市の供述中にも右に符合する部分があるが、本件後三日目に撮影された前記一四号電柱のビラの貼付状況(記録一二六丁裏)、被告人の捜査段階および原審公判廷における本件ビラ貼付についての供述の変遷を考慮し前記原審証人楠瀬孝の供述記載、被告人の司法警察員に対する供述調書と対比すると、被告人および原審証人陳与市の前記供述部分は到底措信できない。

以上認定のように、被告人らの貼付したビラの枚数、貼付場所についての原判決の事実認定は相当であり、所論指摘の誤認の点があるものとは認められないが、さらに所論は、仮りに本件ビラの貼付枚数が原判決認定のとおりであつたとしても、本件所為が本件条例および軽犯罪法において可罰対象とする程度の違法性を有しないとの理由で罪とならないものと判断したのは、右条例および法の解釈を誤つたものである旨主張するのでこの点について、さらに原審で取調べた各証拠および当審における事実取調の結果を併せ検討して判断する。

ところで前記のように或る所為が一定の刑罰法規の構成要件に外形的に一応該当すると認められる場合でも、当該保護法益を侵害する程度が極めて軽微であり、かつ、その侵害行為がその態様等の全事情を考慮すると社会的に相当と認められる場合にはその法規の予想する程度の違法性がないものとして、その構成要件該当性を否定すべき場合があり得るとしても、本件について見ると、谷内武雄および秋沢兄助の各司法巡査に対する供述調書によると、被告人が前記のように四枚のビラを貼付した二本の電柱はいずれも四国電力株式会社の所有に属し、右電柱を広告媒体として利用する権限は同社との契約により南海電工株式会社が専有していたものであり、被告人は右貼付に際し右両社の承諾を得ていないのであるから、右両社の所有権或いは利用権を侵害していることは明らかであり、また、本件ビラは高知市の中心部の主要街道であり巾員一〇・二米のコンクリート舗装をされた帯屋町通りに設置されている電柱に貼付されたものであり、当時右道路附近の電柱にはかなり多くの無許可のビラ、ポスター類が貼付されていたことが認められる(原審第七回公判調書中証人岩崎健男の供述記載および同第五回公判調書中被告人の供述記載)けれども、結局右のような無許可のビラが多数乱雑に貼付されることによつて全体として美観維持の要請が大である市街地の美観が害されているのであつて、各ビラ貼付時期如何にかかわらず、他と同様に本件ビラ貼りも結局美観損傷の一翼を担つているものと評価すべきであつて、本件ビラが他のそれが貼付されて後に貼付されたことによつて美観損傷への寄与の程度が極めて軽微であるとは解し得ないし、本件ビラ貼付の態様についても、被告人は前記陳とともに厚さ約二糎の多量のビラを貼るためメリケン粉で作つた糊をバケツに入れて携行し、ビラの裏全体に糊をつけて貼付したもので乾くと容易に剥せないような方法で貼付したものであることが認められる(原審第五回公判調書中被告人の供述記載、当審における被告人の供述、原審第四回公判調書中証人陳与市の供述記載)のであつて、本件ビラの大きさ、形状、その貼付の場所、程度、態様から判断すると、本件条例および軽犯罪法一条三三号がそれぞれ保護しようとしている地域の美観並びに工作物の管理権および美観を侵害していることは明らかである。もともと右条例および軽犯罪法は、その罪質および法定刑からみても刑罰法規のうちでは比較的軽微な法益侵害を予想しているものというべきであるから、特段の事情のない限りその違法性が比較的軽微なものまでも処罰の対象として規定されているものと解すべきである。したがつて前説示のとおり電柱の所有者或いはその利用者の何れからも承諾もなく、県知事の許可もなしに本件ビラを貼付した行為が、社会的にみて相当であるとは解し得ないところであるし、本件について、他に社会通念上許容すべき特段な事情も認められないのであるから、本件所為が前記条例および法条において可罰対象とする程度の違法性を有しないものと認めて罪とならないものと判断した原判決は前記条例および法条の解釈適用を誤つたものといわなければならず、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。本論旨は理由がある。

以上の理由により本件外国人登録法違反事実に関する控訴は理由がないから刑訴法三九六条によつてこれを棄却するが、本件条例および軽犯罪法各違反事実に関する控訴は理由があるので、同法三九七条一項、三八〇条により原判決中右各違反事実に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四〇年九月二二日午後一一時四〇分頃、陳与市と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに高知県知事の許可を受けないで、高知市帯屋町所在の、四国電力株式会社高知支店長管理の電柱二本(帯屋町幹一四号および同一六号)に、みだりに「朝鮮の平和的統一をはばむ韓日条約に反対しましよう!」などと記載したビラ四枚を貼付したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、高知県屋外広告物取締条例三条および四条は憲法二一条に違反して無効であるから、本件に適用すべきでなく被告人は無罪である旨主張するが、本件条例は、屋外広告物法にもとづき高知県における美観風致を維持し、公衆に対する危害を防止する目的から制定され、本件条例三条、四条により屋外広告物の表示の場所、方法およびこれを提出する物件の設置等について必要な規制をしているのであつて、もとより表現の自由は、民主社会において最も重要な権利の一であり、ビラなど広告物の表示がその重要な手段であるといわなければならないが、右権利も社会の中で行使される以上無制限にその行使が許されるものではなく、前記の程度の条例による規制は公共の福祉のため表現の自由に対し許された必要且つ合理的な制限と解すべきであるから、前記条例の条項が憲法二一条に違反し無効であるとは解しえない。

二  次に弁護人は、本件起訴は検察官が被告人の表現の自由を不当に侵害するため本件ビラ貼り行為に対し軽犯罪法一条三三号を適用しようとするものであつて同法四条に違反する旨主張するが、原審第二回公判調書中の証人楠瀬孝の供述記載によれば、警察官である右楠瀬が高知警察署で執務中、たまたま深夜に電柱にビラ貼りをしている被告人らを発見し、その挙動に不審を抱いたところから捜査を開始したものであつて、前記の本件ビラ貼り行為の態様を考え合わすと、本件起訴が特に所論のような目的でなされているものとは認められない。

三  また弁護人は、本件ビラ貼り行為は、軽犯罪法一条三三号所定の「みだりに」なしたものとは認められないし、また、右法条或いは本件条例二三条一項の予定する可罰性を有しない旨主張しているが、この点については、本件事実に関する検察官の控訴趣意について判断したとおりであつて、所論はいずれも採用できない。

(法令の適用)

高知県屋外広告物取締条例二三条一号、三条、四条、刑法六〇条

軽犯罪法一条三三号前段、刑法六〇条

刑法五四条一項前段、一〇条(前記条例の刑を選択)、同法一八条

刑訴法一八一条一項但書

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 呉屋愛永 谷本益繁 大石貢二)

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